「つば九郎」の“中の人”、球界内外から惜しみない追悼の声 30年間の功績と人柄に迫る 

ヤクルトのマスコット「つば九郎」を30年間務めた担当者が逝去。球界内外から追悼の声が相次ぎ、その人柄と功績が改めて注目されている。
「つば九郎」の“中の人”、球界内外から惜しみない追悼の声 30年間の功績と人柄に迫る 

ヤクルト球団は19日、公式ホームページで「これまで、つば九郎を支えてきた社員スタッフが永眠いたしました」と発表した。この報せを受け、選手や球界関係者、ファンたちから次々と追悼のメッセージが寄せられている。特に知られていたお酒好きの素顔や子供たちへの優しさを偲ぶ声が多く聞かれた。 

つば九郎は1994年に神宮球場でデビュー。毒舌とユーモア溢れる「フリップ芸」や、5回終了後にヘルメットを投げてかぶり直す「空中くるりんぱ」が人気を博し、マスコットキャラクターの枠を超えた存在となった。成功しないながらもスタンドを笑いに包んだパフォーマンスは風物詩として親しまれ続けた。 

2022年8月5日の巨人戦では主催試合2000試合出場を達成。昨年にはデビュー30周年を迎え、中日のマスコット「ドアラ」と共に雑誌「an・an」の表紙を飾るなど、プロ野球界を超えて広く愛された。契約更改の際には年俸6万円プラス「ヤクルト1000」飲み放題というユニークな内容が話題を呼んでいた。 

30年以上にわたって球団の顔を務めた激務の裏側について、球団関係者はこう振り返る。「猛暑の日でも、イベントに出たりパフォーマンスを続けていました。ベンチに戻ると肩で息をしていて、汗が止まらない状態でした。それでも弱音を吐かず、代役を立てることなく、ファンのためにグラウンドに立ち続けました」 

今年2月6日、体調不良による休養が発表され、ブログ「つば九郎ひと言日記」は3日に更新を終えた。最後の投稿では「けんこうだいいち、にほんいち、みんなえみふる(笑みFULL)」という絵馬の写真が掲載されていた。訃報後、コメント欄には7000件を超えるメッセージが寄せられた(2月21日19時現在)。 

高津臣吾監督や山田哲人、村上宗隆、石川雅規らヤクルトの選手たちだけでなく、他球団の選手やOB、審判関係者からも追悼の言葉が続々と届いている。元中日監督の落合博満氏はXで、「暖かい場所にいるんだな。しっかり羽根を休めてゆっくり休むんだぞ。お前にあげたバット大事にしろよ。そのバットはもしもの時に役に立つからな。お前にもらった服は大事に着るからな。ありがとうな。お疲れ様な」と温かいメッセージを送った。 

また、元プロ野球審判員の坂井遼太郎氏も「試合前に必ず話しかけてくれるつば九郎さん。審判と仲良しだったつば九郎さん。皆んなから愛されたつば九郎さん。オールスターの時は、ギャラの話で盛り上がりましたね。天国でも大好きなお酒を飲んで、パトロールして下さい」と故人を偲んだ。 

「パトロール」と称して夜の街でお酒を楽しむことが好きだったと語るヤクルトOBは、「お店で『つば九郎の中の人でしょ?』と言われても頑なに否定していました。子供たちの夢を壊したくなかったのでしょう」と述懐。さらに、在京の他球団選手は「低姿勢で謙虚な方でした。でも、お酒が入るとブラックなことを言うので、つば九郎と重なりましたね」と振り返った。 

東日本大震災以降、毎年3月11日にブログでメッセージを発信していたことも記憶に新しい。昨年の投稿では「これからの、にっぽん、とうほくのみなさんのために、ちびっこたちのためにも〜やりましょう!」と呼びかけていた。 

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