水原一平が「大谷翔平の通訳」に選ばれた理由と幻の渡米計画

ドジャースの大谷翔平選手(30)を支えた元専属通訳・水原一平被告(40)は、不正送金事件で禁錮4年9か月と約26億円の賠償命令を受けた。しかし、なぜ彼が大谷の信頼を得て「相棒」として選ばれたのかという疑問は依然として残る。古巣・日本ハム時代の同僚や関係者が語る新証言から、その背景を探るとともに、幻となった別のスター選手との渡米計画についても明らかになった。
水原は2013年に日本ハムに入団し、通訳としてのキャリアをスタートさせた。当時のチーム統括副本部長・岩本賢一氏によれば、約20人の志願者の中から水原が選ばれた理由は「プレゼン力が突出していた」ことだった。さらに、彼の勤勉さや献身的な姿勢が高く評価されていた。球場に一番早く到着し、最後まで外国人選手たちのサポートを惜しまなかった水原は、単なる通訳ではなく「友人」としての役割も果たしていた。例えば、クローザーとして活躍したマイケル・クロッタ(40)は、「生活全般のサポートをしてもらった」と振り返り、特に家族への気配りが印象的だったと語っている。また、投手のミッチ・ライブリー(39)は、水原がアメリカ文化を熟知しており、細かいニュアンスまで正確に伝える能力を持っていたことを強調している。
水原の通訳としてのスタイルは、大谷がエンゼルスと契約した際の採用理由にも直結している。ライブリーによれば、水原がロサンゼルス育ちであり、土地勘やアメリカのユーモアに対する深い理解があることが重要だったという。さらに、水原自身もメジャーリーグ挑戦への憧れを抱いており、それが彼のモチベーションにもなっていた可能性が高い。
興味深いのは、水原がかつて外野手・陽岱鋼(38)の通訳としてメジャー行きを模索していたという話だ。陽は台湾出身ながら日本の高校野球を経て日ハムに入団し、メジャーリーグ挑戦を夢見ていた。しかし、陽へのオファーが実現しなかったため、この「渡米計画」は幻に終わった。水原がその後、大谷の専属通訳として渡米したことは偶然ではなく、彼のキャリアを通じて築かれた信頼とスキルが評価された結果と言えるだろう。
水原のメジャーリーグ挑戦は、まさに彼にとって「天職」と呼ぶべきものだったが、渡米後に待っていたギャンブルの誘惑が彼を不幸へと導いた。それでも、彼が多くの外国人選手から愛され、信頼されてきた事実は揺るぎないものだ。

